となりのしばふ

日々の記録と内省と

雑記230127

粉雪を浴びながらもお外に遊びに行きたい猫を、体に障るからと連れ戻しに行く日々。

先週の火曜日、会社から帰ってきて一番に猫に薬をやろうと前屈みになったところ、腰の中で筋肉がごりっと前後にずれた感覚があり、「いだいっ」と叫んだままその場で動けなくなった。それから立つにも座るにも寝返りを打つにもびっくりするくらい腰が痛い。腰回りの筋肉や骨が急にゆるくなってしまったような感じで一足歩くたびに腰が抜けそうになる。身動きが取れないのでどうしようもなく、有休を使って整骨院で診てもらったところ、腸腰筋という上半身と下半身とをつなぐ大きな筋肉が肉離れか何かで炎症を起こしているとのこと。「俗に言う、ぎっくり腰です」と、チーフ(チーフ???)の名札を付けた若くて穏やかな整体師さんに言われた。ぎっくり腰。職場の先輩OさんとBさんの顔が浮かぶ。どちらも40代で働き盛りながらも彼らは時々ぎっくり腰が出る腰痛持ちで、昨日まではよろよろと整体に向かう背中を見ながら大変だなあと他人事のように思っていたのに、自分も当事者になってしまった。しかも彼らより一回り以上も若いというのがつらい。翌日、コルセットで痛めた筋肉を支えつつ出勤した私を見て、OさんとBさんは腰痛仲間が増えて非常に楽しそうだった。Oさんが言うには、筋肉というのは20代がピークでそこからはどんどん衰えていく一方なんだそう。今回は筋肉だったけど、肌の調子とか、冷え性とか、20代の頃とは違うなと思うことが増えた。意識して体のメンテナンスをしていかなくてはいけない年齢になったということだ。一日置きに整骨院で処置してもらったおかげで、一週間でだいぶ痛みが引いてコルセットもはずれた。というのにこのタイミングでやってくる寒波。昨日から今日にかけて積もった雪は50センチ。土日は腰をかばいつつ、また雪と格闘する。

雑記230106

最近なーんにも写真を撮ってないのと新年なのでという理由で、去年行った山梨から河口湖と富士山。富士山というと、なんだか、こう、初日の出!めでたい!というイメージがある。ない? 前記事で書いた猫の調子は一進一退をくりかえしており、日々を過ごしながら私がちょっと落ち着いてきた。いつか亡くなる日に向けて、こうやって心の準備を整えていくのだなあ。

年明けて2023年、聞くともなしに聞いていたラジオで、パーソナリティが今年が本厄だなんて話題にしていた。そういえば、たしか私もここ数年が厄年に当たる年だったな、ということを思い出し、今年は前厄だっけ?と検索してみたところ、2023年は後厄の年だった。本厄、去年でした。一昨年の前厄には、なるほど事故をもらって愛車をダメにしたけれど、去年はひどいことは何もなかった。ようやく厄年を自覚したところからもわかるように、私自身はそこまで気にしておらず、たぶんお払いにもいかない。厄年を検索したとき「本厄より後厄の方がひどい」「後厄は交通事故にあいやすい」など、不安になるような情報まで見てしまったので、今年はいつもよりちょっとだけ用心深く過ごそう。たぶんひと月後には忘れていると思うけど。

私は単純な人間なので、年明けは心機一転、新しいことを始めてみたくなる。本年、新たに始めたのは読書記録。時々ここに読書感想文として書いているけれど、本当は感想を書く気が起きないものの読了している本がたくさんある。だから平均して月2,3冊は確実に何か読んでいるというのに、昨年末に友人におすすめの本を聞かれたときするりと出てこなかった。半年に一回くらいの頻度で本棚の入れ替えをするので売ってしまう本もあり、図書館で借りる本もあり、惰性で読んでいることもありで、多くの本が記憶から取りこぼされている! 面白かった本、感銘を受けた言葉は手元に残しておけば良いし、離れていった本は、まあ、Not for Meということで忘れてもいいやと思っていたのだけど、誰かに紹介するとしたら人によってはFor Me(You?)になり得るかもしれないし、いつ何を読んだかくらい把握しておきたい。小学校の頃、図書館で本を借りるたびに少しずつ読書カードを埋まっていくのが好きだった。読み終わった日付とタイトルをせっせとノートに書き込みながら、懐かしい気持ちになっている。今読んでいるのは「自転しながら公転する」。最近いちばん読みたいのは「プロジェクトヘイルメアリー」。雪も落ち着いてきたので、そろそろ図書館通いを再開する。

あと運動面では、雪が解けてあたたかくなってきたところでランニングを日課にしようと一大決心をして、10日も続かずに終わってしまい、自分の意志の弱さに辟易とするというサイクルを今年こそ断ち切りたい。

何をするにしても、重要なのは私が続けること。今年の年末に一年を振り返ったとき、がんばったねと自分を褒められる一年にしようね。

雑記230104

12月末から老猫の調子が悪い。12月20日前後にごはんをまったく食べなくなり、トイレに出たり入ったりを繰り返す。動物病院に連れて行ったら、膀胱炎の疑いとのことで、注射を打って薬をもらって様子見。するとトイレは落ち着いたものの、とにかく食べない。猫はとつぜん嗜好が変わることもあるとの情報から、別の種類のカリカリやパウチのレトルトを並べてみたけれど、口をつけない。猫がそんな状態のなか、外は不要不急の外出を避けろと注意喚起されるほどの大雪。除雪が間に合わず、どこもかしこも道路は一方通行ほど狭くなり、圧雪でガタガタ。普段は車で5分のスーパーに行くにも難儀する始末で、とても動物病院にたどり着けそうもない。この大雪が解消する前に死んでしまっても、それもこの子の天命だったとKさんと覚悟を決めたのだけど、彼女自身は少し痩せたものの何にも食べない状態でわりとケロッと生きていて、年の瀬が迫るなか無事に動物病院で診てもらうことができた。詳細な血液検査の結果、年齢のせいもあり腎臓が弱っているとのことで、腎臓の薬と食欲増進剤を処方してもらった。この食欲増進剤、もとは動物の精神安定剤だそうで、副作用でぼんやりしたりふらついたりという症状が出たのだけど、これが効果てきめん。食欲にムラはあれどとりあえず食べるようにはなって、大きな問題はなく年を越すことができた。ところが私が仕事始めの今朝、またトイレを出たり入ったりのそわそわが始まる。水もごはんもあまり摂っていない。動物病院は明日からなので、今日は膀胱炎の時に処方された薬を飲ませるしかなく、後ろ髪を引かれながらKさんにあとを任せて出社してきた。

御年16才。人間に換算すると80才以上のおばあちゃんだ。思い返せば、ここまで病気らしい病気もせず、静かに生きて日常の一部になっているのがこの猫だった。そういう猫だったからこそ、彼女の調子が悪いと日常全部が傾いてしまったような気になる。ごはんを食べる、水を飲む、うんちをする、おしっこをする、そういう生き物として当たり前のことをいちいち確認して、安心して、でも次はどうだろうと不安になる。彼女の腎臓は病気で弱っているわけではなく、年齢とともに機能が落ちてきているとのことで、それはつまり治ることはないということだ。だから一喜一憂するのはやめようと思っているのに、してしまう。とてもとても不安定だ、私が。一度は、年が明けるまでは保たないだろうと思った。けれど生きている。今度は春まで保ってほしい。そうやって夏まで、秋までとだんだん伸びて、今年も一緒に年を越したい。もうちょっと、どうにかならないだろうか。でも(そんな様子もないのだけど)実はどこかが痛いとか苦しいとかそういう状態だったとき、この願いが彼女の苦痛を長引かせるものであってほしくない。別れのときが近いなら、どうかあたたかいところでぬくぬくごろごろしながらゆっくり過ごしてほしいし、大好きな場所で眠るように逝ってほしい。年末年始、二年参りでも自宅神棚でも、手を合わせるときそんなことばかり祈っている。

雑記221215

冷たい雨交じりの雪が降り出した。朝と夜は底冷えがして寒い。とうとう冬がやってくるのだなあと思う。この時期は誰かと話しても冬の準備の話ばかりになる。タイヤ交換したかとか、冬囲いは終わったかとか。みんな長い冬を越すための準備をしている。

先週末、クリスマスマーケットに行ってきた。ファミリー向けの商業施設群の広場でやっているイベントで、シュトーレン以外はあんまり目的もなく期待もせずに行ったのだけど、でっかいツリーときらきらのイルミネーション、ヴルストやホットワインを売る露店の雰囲気がけっこう“それ”っぽくて、思いのほか楽しかった。写真はブラジルの店主夫妻が数種類のウィンナーをジュージュー焼いてラクレットチーズをこれでもかとかけてくれたラクレットチーズスペシャル。わたしたちがあらびきにして肉を詰めました!という感じ(違うだろうけど)の荒々しく味濃い目のウィンナー、すごくおいしかった。私の選んだチキンオニオンスープも、友人の頼んだオニオングラタンスープも熱々で、ハフハフ言いながら夢中で食べた。冷たい小雨が降っていたけれど、自撮りする若者たちもごはんを分け合う家族連れも、みんな楽しそうだった。どんなに寒くても、きれいなものとあったかくておいしいものを出されたら笑顔になっちゃうんだなあ。

当初の目的だったシュトーレン、市内のお菓子屋さんやパン屋さんのものが何種類か置いてあって、散々悩んだ末に、直接買い付けに行ったというバイヤーさんがイチオシしてくれたのを買った。ここ数日はタイミングが合わず、昨日ようやく開封して味見。これがまたおいしい! これからどんどん熟成していくのだろうから、まだちょっとパサつく感じもあるけれど、それを差し引いてもおいしい。ドライフルーツがゴロゴロ入っていて、ほどよくスパイシー。今年はあの店、今年はこの店、と何度かシュトーレンは食べているけれど、今年のパン屋さんのシュトーレンが一番好みかもしれない。25日まであと10日も持つだろうか。クリスマス時期限定のおいしさ、だいじにだいじに、ひと切れずつ食べる。

雑記221203

昨日、1日遅れでカレンダーをめくったら最後の1枚になった。毎年「もう12月?」と驚いているような気がする。2022年もまた同じ台詞でため息をついたな、と思った。もう1ヶ月で今年が終わるというのに、何もかもがうまく進んでいない。いや、何もかも、は言い過ぎか。仕事はここに来てそこそこ順調。停滞しているのは私生活の方で、具体的には4回目のワクチン接種、掃除と整理、金銭の管理。あと、惰性で出している年賀状も頼まないと(昨年は消しゴム判子で作ったけれど、今年はそんな余裕もないので、セブンイレブンさんのネット申込みに頼ることにした)。仕事に忙殺されてきた日々を全力で駆け抜けるために後回しにしてきたものが、積もり積もってそこにあって気持ち悪い。と、うじうじうだうだしていても始まらない。せめて新年はきれいな部屋で迎えたい。なので、掃除と整理は一昨日から年末まで31日間かけて少しずつやることにしてスケジュールを作った。本棚1段、とかが1日分の作業量。これなら眠い日でも元気がない日でもできる。一昨日と昨日はきちんとノルマを達成して、机の引き出しの1段目と2段目がきれいになった。生活空間がきれいになっていくと気分も晴れてくる。年末年始に向けて、ゆるりと右肩上がりにしていきたい。えいえいおー!

ここ数年、私の生活している地方都市でもクリスマスの時期が近づいてくるとケーキ屋さんやパン屋さんがシュトーレンを売り出してくれるようになって、毎年楽しみにしている。今年はどこのお店のを食べたいかなあとぼんやり考えていたところ、友人がクリスマスマーケットに誘ってくれた。来週はニュルンベルクとかシュトウットガルトに住んでいるつもりになって、クリスマスマーケットにシュトーレンを買いに行く。

雑記221116

先週末、高校時代の友人ふたりと一泊二日で佐渡島に行ってきた。帰路で雨に降られたけれども、概ねお天気も良く、気候も穏やかで紅葉真っ只中!という「日頃の行いが良かったのかな?」と考えてしまうような絶好の旅日和でした。

一日目はゆっくり出発したので、島に着いたのが16時。傾く夕日をレンタカーで追いかけながら小木までどんどこ走り、見たのが万畳敷のこの景色。

残念ながら夕日は海に落ちていたけれど、空にはまだ夕日の色が残り、夜の色と混じっている。本当にきれいでした。足元が夕闇に沈むなか、スマホのライトで岩の窪みを照らして「魚いる!!」「どこ!?」とかやっていた時間も楽しかった。

3人とも生まれも育ちも県内なのに、世界遺産暫定リスト入りの佐渡金山を見たことがないことを「よくないね」「よくないよ」と言い合い、二日目は金山遺構の散策と、大佐渡スカイラインからの紅葉鑑賞。大きな山がV字型に割れている道遊の割戸、坑夫たちが金の鉱脈を追って掘り進んでいくうちにこんな形になってしまったらしい。

坑道内にはひと一人が腹這いになってようやく進める穴とか、家のない坑夫が寝る穴とかがあって、現代だと明らかに労働基準法違反という展示が山ほどあってなんだかつらくなった。でも手掘りからだんだんトロッコや採掘機械が取り入れられて、明治・大正・昭和にかけて発達していって……という変遷がわかって楽しかったので歴史好きのひとにはぜひ訪問してほしいな。友人のひとりが「世界遺産になるならないってときには「こんな良い場所があったのか、世界遺産になってほしい!」って評価されるのに、世界遺産になった途端に「世界遺産ってこんなもんか」って思われる施設が多いから佐渡金山は今の状態が一番いいよ」って言っていた。真理だね。

二日目午後になって降り出した雨は15時ごろには暴風雨になったけれど、ジェットフォイルは荒れる海を飛ぶように海を越えた。とてもよかったです佐渡島。景色が良く、牧歌的でごはんがおいしい。海鮮最高。そして島全体が観光地っぽいからか、佐渡島のみなさん、明るくてとても人当たりが良い。宿の仲居さん、食事処やお土産屋の店員さん、よくしゃべるしゃべる。旅の最後の最後に入ったお寿司屋の店長さんもメニューにはないオススメや魚の豆知識を惜しみなく披露してくれた。この店長さんが言うには「虫谷の入江」という場所の海がきれいらしい。観光情報誌にも載っていない穴場だそうだ。ここは次回にとっておこう。

友人のひとりは東京で記者としてバリバリに働いている子で「忙しすぎてこの旅行もキャンセルしようか迷いに迷った」と、初日に船の上で死にそうな顔をしていた。けれど、自然の中を歩き、きれいな景色を見て、刺身を食べて酒を飲み温泉につかって、帰るころには「来てよかった。休息って大事なんだね」と言って明るい顔を見せてくれた。今回いっしょに旅した友人たち、ひとりは今年結婚し、もうひとりは転職に成功し今月中には入籍予定とのことで、おめでたいこと続きでうれしい。高校3年間は1年ごとにクラス替えがあり、それなりにたくさんの人と知り合ったものの、この歳になって付き合いがあるのはこのふたりも含めた部活の仲間だけになった。ふたりとの縁はこれからも続いていくのだと思う。ただ、子どもができたら、しばらくは帰省の度に会ったり、今回のようにいっしょに旅行してくれたりすることはなくなっちゃうのかもしれない。そう思うとさびしいような気がする。けれど、たとえば子育てが落ち着いた20年後になっても「久々に旅行に行こう」と言い合える関係を、ずっと続けていきたいと思う。

あともうひとつ。この旅を通して気軽に一人旅っていうのもいいなあと考えるようになった。前から、各地を回って御朱印を集めたかったのです。しかも、今回の旅で船に乗ったら、御船印というのがあるのも知った。これがまた各地の船のそれぞれに特色があってみんなかわいい! たくさん集めると一等航海士や船長に任命されるおもしろ制度もある。目指すか、一等航海士! 日常生活って暮らしている範囲で過不足はないのだけど、友人の言葉通り、見たことのない景色を見たり、おいしいものを食べたり、知らない人に会ったりするのは大事なことだ。旅先に瀬戸内を激推しされたので、来年は瀬戸内に行ってみたいな。秋ごろかな。

 

雑記221108

今夜は、皆既月食天王星食が同時に起こる442年ぶりの天体ショー。なのだけど、あいにくの雨……と思いきや、晴れ間から月食が見えた! 上司・先輩と窓辺に集まって「欠けてる?」「雲じゃない??」とわいわい騒いで、そのうちに上司が「これで見てみな~」と望遠鏡付きの光波測距儀を持ってきたのでみんなで順番に覗いて天体鑑賞をした。写真は、望遠鏡越しにスマホで撮った月。肉眼で見ると下から8分の7くらいは欠けていたのに、望遠鏡を通すと輪郭はけっこうはっきり見える。

宇宙や天体の話って壮大な気持ちになる。月と天王星って地球からどれだけ離れているのかなと思ってデスクに戻って調べたら、月は38万4400km、天王星は約30億kmなんだって。途方もない。太陽系外の探査機ボイジャーは打ち上げられてから40年も宇宙を航行している、とか、そのボイジャー天王星に接近するまでに9年かかった、とか。次に月食と惑星食が重なるのは322年後の2344年だから、今夜の月を見上げていた人は誰ひとりとして生きていないけど、今このときにSNSに大量に投稿されている月の写真は一部が古文書のごとく残って、それを寄せ集めて未来の歴史学者が世情の考察とかするのかな、とか。そんな益体もないことを調べたり話したりしていたら、本当に1ミリも仕事が進まなかったので、私もおとなしく切り上げて帰ることにする。

宇宙の大きさや膨大な時間のことを考えながら、ミリ単位の誤差を気にする仕事なんてできないよね。という言い訳。